大判例

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東京高等裁判所 昭和61年(ネ)1777号 判決

控訴人

根岸重浩

右訴訟代理人弁護士

田中重仁

赤松岳

被控訴人

株式会社中日新聞社

右代表者代表取締役

加藤巳一郎

右訴訟代理人弁護士

浅岡省吾

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五六年一月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張は原判決事実摘示のとおりであり(ただし、原判決四枚目表一行目の「昭和五六年一月中旬頃」を「昭和五五年一〇月頃」と、同表五行目の「知事決済」を「知事決裁」と、同裏一二行目の「聞きき」を「聞き」と、五枚目表一一行目の「一八件」を「一一八件」と、九枚目表七行目の「断じ得べき」を「断し得べく」と、同裏末行の「情報監理」を「情報管理」とそれぞれ訂正する。)、証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一当裁判所も、控訴人の請求は失当として棄却すべきものと判断する。その理由は、次のように改めるほかは原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決一二枚目裏六行目の「甲第一、第三号証」の次に「、第一七号証の一ないし三」を加え、「乙第一七、第一八号証」の次に「、第二五号証の二」を加える。

2  同一三枚目表三行目の「本庄保健所に対し」から九、一〇行目の「指導したが、」までを次のように改める。

「控訴人病院は、昭和五五年一月、本庄市内の本庄食品ほか二事業所へ出張診療(医師が個々の患者の求めに基づくことなく保健医療機関の指定がされていない場所に出向いて診療を行うことをいうものとする。)をしていた問題について本庄保健所の調査を受け、同月一九日控訴人は同保健所を経由して埼玉県医師会長に宛て、このたび健康保険法、医療法に違反したことを深く反省し、今後このようなことのないよう誓約する旨の誓約書を差し入れていたところ、同年二月初めに同保健所に対し、その直前まで同病院に看護婦助手として勤務していた田中トミ子から、同病院の不正についていわゆる内部告発があつたので、その頃同保健所長は保険課に対して、控訴人が前記のような出張診療を行つていた事実があり、保健所としてその中止方を指導したことの報告と、」

3  同一四枚目表八行目の「二十数件」を削り、その裏六行目の「昭和五五年一月当時」を「保健所長から前記通報があつた当時」と改める。

4  同一八枚目表九行目の「絞ぼり」を「絞り」と、二一枚目表一二、一三行目の「昭和五五年」を「昭和五六年」と各訂正する。

5  同二二枚目表五、六行目の「本件記事のうち」から八行目の「いうべきである。」までを次のように改める。

「本件記事のうち、控訴人が出張診療では医師の立会いなしに看護婦や事務職員に注射や投薬をさせた疑いもあるとの部分及び出張診療にかかる分を保険診療として報酬請求を行つていたことを示唆する部分については、(事務職員が関与したという点はさておき)その大綱において真実の証明があつたものというべきである。」

6  同二二枚目裏四行目の「許容まれる」を「許容される」と訂正し、同五行目の「次に」から一〇行目の「証拠もない。」までを次のように改める。

「次に、本件記事のうち、控訴人が架空請求をしたとする部分(院長が陣頭指揮に立ち、病院職員らの身寄りの健康保険証番号を調べ、手当り次第に架空請求をした、院長が収入減を訴え、職員の協力を要請した、元職員A子の場合は、夫や娘などの保険証番号を半ば強制的に聞かれた、病院の診療報酬請求額はこのように推移した、という部分)については、さきに述べたように、国保課及び保険課の聞取り調査及びレセプト調査により、相当数にのぼる不正請求分が発見され、控訴人もそれを認めて監査調書に署名押印し、埼玉県知事が控訴人に対し戒告処分と診療報酬の過誤調整等を行つたことまでは認められるものの、この不正請求の中に控訴人が病院職員の身寄りの者を利用して架空請求をしたという分が含まれていることの確証は得られていないのであり、右記事にいう架空請求が真実であることを認めるに足りない。」

7  同二五枚目表一二行目の「内容を考え合わせれば」を「内容から見て」と、その裏一行目の「知事決済」を「知事決裁」と各訂正し、同四、五行目の「措信できないし」を「措信できない。」とし、以下一三行目末尾までを削る。

8  同二六枚目裏六行目の「また」から二七枚目表二行目末尾までを次のように改める。

「上田記者の取材は、保険、国保両課を中心とする県関係者に重点が置かれていたことは前認定のとおりであり、内部告発者である田中トミ子との接触はしていなかつたことは明らかであるところ、前記甲第一七号証の一ないし三及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、田中トミ子は昭和五二年一二月頃控訴人病院に看護婦として採用されたが、やがて看護婦資格に疑義を生じたため、看護婦助手として扱われるようになり、昭和五五年一月末をもつて同病院を解雇され、その後同年三月頃からは埼玉県医師会長福島茂夫(控訴人と同人とは縁戚関係にあるが、同人の家庭事情がからんで両者の間は不知であつた。)の関係する上武病院に勤めるようになつたものであることが認められるのであつて、本件が内部告発という特殊な契機にはじまり、その背景には右のような内部告発者の資格、解雇問題とか有力医師との間の確執がひそんでいたことをあわせ考えると、上田記者としては田中トミ子についても裏付け取材を行い、万全を期すべきであつたというのも、一つの考え方といえなくはない。しかし、本件で問題となつたいわゆる保険診療については、知事が指導、調査権限を有しており(健康保険法四三条の七、四三条の一〇、国民健康保険法四一条、四六条等)、埼玉県の行政組織上右事務を所掌するものと定められている生活福祉部の保険課と国保課が相当件数のレセプト調査及び患者の聞取り調査を遂げ、かつ保険課では田中トミ子に対する調査も実施したうえ(前記甲第三号証、第一七号証の二)、右保険、国保両課において田中トミ子の内部告発にかかる事項について記者の取材に応じ、情報を提供したものである以上、報道機関の側が県から得た情報に全面的に依拠し、内部告発者に対する直接取材を実施するまでもないとして報道に踏み切つたことには、十分な合理性があつたというべきである。」

二よつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官藤井正雄 裁判官武藤冬士巳)

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